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カウンセリング

「それやって、食えるのかよ?」という呪縛

わたしがかつて教員を辞めた時、すぐに教職で再就職先を探さないわたしのことを、父は全く理解できないようでした。

教員を四十年勤めた父自身は、本当は作家になりたかったようです。若いころ出版社に勤めて紀行文を書いたこともありました。しかし、色々あって、教員に落ち着きます。諦めと妥協でした。

父にとって教職を勤めることは「食うため」でした。

一方、わたしが教職を目指したのは、「自分らしく生きるため」でした。苦労はあるけれど・・・食えました。

当初、学校で子どもたちに文学の素晴らしさを伝えることは、わたしにとっての生き甲斐であり、使命と感じることでした。

しかし、実際に学校の現場に立ち、不登校、保健室登校、ひきこもり、非行やいじめと日々真剣勝負で向き合う中、教えること以上に支えること、癒すことの必要性を感じました。

体を壊して教職を辞め、わたしが考えたのは、「これで思い切り目指す道を歩める」ということでした。人の人生を支えたり癒すことを志しました。

心理カウンセラーという言葉すらなじみが薄い時代、「セラピストです」なんて言うと「はあ??」と首をかしげられたものです。

心配する父には折に触れよく詳しく現状を伝えましたが、必ずいつも「それやって、食えるのかよ?」と問われました。

また、知り合いに「教員を辞めた」と言えばと、大概「もったいない」と言われました。

心理カウンセラーだと言うと、今でも度々「食えるの?」と聞かれます。苦労してますよと答えると鼻で嗤われ、それ以上深く聞かれないこともよくあります。

わたしにとっては、教員も心理カウンセラーも、その時々の自分の気持ちに忠実に生きて来ただけです。

でも、父をはじめ、多くの人が「食えるか食えないか」を第一に仕事を選んでいるように見えます。どうやらそれが「マトモ」な感覚のようです。

「食える」とは、ただ食事が摂れるというだけでなく、日本人が共通してイメージする中流の生活水準(フツーの生活)を保てるかと言うニュアンスを持っているように思います。

「食えない」仕事を敢えて選ぶ人間は、変人扱いされてしまうこともあります。

でも、経験を元にお伝えしますが、「食えない」仕事を選んでも、生きて行けます。大量消費の量を落としても、生活の質が落ちるわけではありません。

食費にさえ苦労する時には、副業でアルバイトもしました。副業のほうが収入が多い時もありました。

「生き甲斐を感じられる」仕事なら、日々に一層よろこびがあり、人生に悔いが残りません。

「食えるか食えないか」(中流の生活水準を送れるか)を基準に、「食える」ように働くこと自体を人間としての必要絶対条件のように捉えるような日本に、わたしは違和感を覚えます。

「男は働いて稼ぐもの」という価値観は、いまだに日本の重要な社会規範となっていると思います。人の価値が年収の多さで測られています。

「働いて稼ぐこと」自体には何の罪もありません。

しかし、「男は働いて稼ぐもの」という社会規範が根強くあり続ける限り、「働いても稼げない男」や「働けない男」は人として認められず、まして女は働くものとしての前提すら実はまだなく、「働いて稼げる男」以外の人の価値が著しく低く置かれているのではないかと思います。

一人前の人間として、認められていないかのように感じてしまいます。

この表現、大袈裟とは思いません。

わたしも、教員だったり正社員だったら、あるいは公務員だったら、それに気づけなかったのではないかと思います。

わたしという人間に変わりはなく、自分らしい人生を試行錯誤しているだけなのに、教員を辞めたというだけで「食えるの?」と問いただされる日々。

多くの人は心配して聞いてくれるのですが、裏を返せば、「食えない仕事」(中流以下)では全うな人として認められないというような思い込みを、多くの人が共有しているかも知れません。

世間がどう評価しようとも、人には一人ひとりユニークな価値があります。それはその人の個性、生き甲斐、目標や夢の中にあると思います。

自分という存在のかけがえのなさを見つけて行くことは、その人の幸せに直結していると思います。

賃金を得る仕事は、人生の一側面に過ぎません。

その人の価値を再発見することが、わたしのカウンセリングで大切にしていることです。

心理カウンセラー 平史樹