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カウンセリング

「幸せになる」のは義務

初めて「人は幸せになる義務がある」と、ある本で読んだ時、衝撃が走りました。

それまで、幸せの追及は個人の問題で、人それぞれ自由に求めるものだと思っていました。

幸福も不幸も、個人の責任の上に成り立つと思っていました。

しかし、安楽死や自殺の話題がニュースになる度、安楽死や自殺について自分が違和感を感じていることに気づきました。

幸福の追求は個人の自由であり、究極のところ生き死にさえも個人が自由に決められる。

本当にそうなのか?

安楽死や自殺の動機には、それぞれ相応の理由があり、事情があります。

苦しみや絶望のあまり、死を望む気持ちも想像できます。

カウンセラーとして、様々な死に関する相談も受けてきました。

しかし、死をも選択肢のひとつとして真剣に考えたり、死ぬことのみが残された答えのように信じている人たちの相談を受け、わたしの中に芽生えたのは、むしろ苦しみや困難の中から幸せを追求していくことの大切さでした。

幸せを追求することによって、苦しみや困難にも意味が生まれます。

幸せを追求することを諦めてしまうと、苦しみや困難は、単なる苦しみや困難で終わってしまいます。

苦しみや困難があっても、「きっとこれには意味がある」と考える。

さらに積極的に、「きっとこれには素晴らしい意味があるに違いない」と考える。

そうすると、人生の質が変化していきます。

苦しみや困難も、幸せのプロセスだと思える時が来ます。

「人は幸せになる義務がある」わたしの信念です。

哲学的に考える余裕があるうちは、この言葉は思索の種のひとつに過ぎないかも知れません。

しかし、あなたが本当に絶望の淵にある時は、この言葉は、生きる力を呼び覚ます天の声に聞こえるのではないかと思います。

心理カウンセラー 平史樹